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院長ブログ

「戦後70年」だからこそ今思うこと

過去と他国は変わらない、自国が歴史を学び変わることで未来が開ける
数年前、大阪はかなり熱かった。大阪都構想という大阪市の行政を大幅に変える拘束力を持った住民投票が行われたからだ。

結果はご存じの通り都構想反対、現状の行政区が存続する結果となった。さらに昨年は東京が熱くなり、今回の都議選の結果となった。

大阪では「現状を変えたくない」その一点で結びつき肩寄せ合った野合勢力は、自民党と共産党が「兄弟分、身内のようなもの」と言いながら同じ宣伝カーに乗り演説を行ったり、大阪府医師会を始め多くの団体が構成員の賛否も問わないまま謎の反対声明をだしたりと野合勢力は不思議な化学反応を起こしていた。

東京でも同様なことが起こったらしいが、ある宗教勢力が反旗を振りかざし、大阪とは逆の結果になった。今後は何かが変わるかもしれないし、変わらないことが変化という結果もあり得るだろう。

今回、戦後70年というテーマで何を書こうかと考え、最初に思い浮かんだのが前述のことである。思えばここ百数十年、日本は内部から湧きあがる熱き想いを原動力に自国を改革することができない国でありつづけた。

江戸から明治への政変も外圧なしには語れない。もちろん、民衆をたぎらせる熱き思いは、明治維新の30年ほど前、確かにあった。幕藩体制の硬直化と腐敗を嘆き、当時幕政の行政官であった大塩平八郎が大阪で起こした乱である。しかし、多くの民衆には支持されず、この乱はわずか一日で鎮圧された。

その30年後、黒船を始めとする諸外国の外圧をうまく利用した『彼ら』が「尊王攘夷」を錦の御旗に下級武士階級を扇動し、明治維新をかすめ取った。政府中枢の行政官になった『彼ら』は一転して「脱亜入欧」を叫び、制度疲労を起こしていた幕藩体制から軍国主義体制の変身・強化を行った。

さらに、その目的のためには民の素朴な信仰心をも最大限に利用した。日本の長い歴史の中、民が信仰の絆としていた和を重んじる日本神道(古神道)は神仏分離、神社合祀の名のもと廃され、天皇という唯一神を崇拝する国家神道へと変貌させた。

そして、『神国日本』以外は全く戦術のない神風戦に突き進み、敗戦を迎えた。戦いでは多くの戦死者を出し、最後は神風特攻という無垢で有為な若者を大勢、海の藻屑に消えさせた。自己を捨て、国のために命をささげた魂は厚く敬われなければならない。制度を作ればその制度の中で安住するという悪しき日本人の精神性がここまでの事態を招いてしまった。

日本古来の神道とは全く異なる国家神道の生い立ちを鑑みれば、戦没者の慰霊施設である靖国が制度として神社に組み入れられ英霊として崇められていることは構内外を問わず種々の問題を抱えている。

一方、戦後の歴史を俯瞰すると他の面では『神国日本』を簡単に脱ぎ棄てた『彼ら』はアメリカが世界基準と称する「民主主義」に宗旨替えした。

ポツダム宣言受諾後、占領統制下にGHQから下賜された憲法を長期間、「武力放棄」という心地よい字面だけで神聖な言霊のごとく民に護持させている。

これだけ長きに渡って護持されている日本国憲法は誰ものが忌避する「戦争」を放棄した言霊ではあるが、その言霊が霊力を発揮する世界は現実にはない。

そのような言霊を利用し民をまんまんとうまく操つるのが政府中枢の行政官(『彼ら』)とアメリカであり、まんまと利用されているという体をしているのが左翼思想を持った政党であると考えるのは私の妄想か!

行動の規範が法律である『彼ら』は無謬であり、結果に対して責任はとらない。つまり、『彼ら』はアメリカに追従すれば国際情勢は何も考えなくてよく、『彼ら』より下劣で下等な民を官僚制度で支配でき国内統治にだけ専念できる。

もちろん、この事例は近々の歴史からも学べる。国連の決議が出ていないのもかかわらず有志連合によって強行されたイラク戦争、その後のアラブ諸国の惨状をみれば、日本政府がこの戦争を支持する大義は全くなかった。しかし、アメリカ追従で事足りる『彼ら』はこの戦争に金や周辺支援で加担した。中東を現状のように悪化させてしまった責任は日本にもある。

さらに2008年には名古屋高裁イラク派兵違憲判決が確定したが、その後も一年近くイラク派兵は続いた。無謬である『彼ら』は違憲判決が出ても罰せられることはない。憲法違反ではあっても追従しなければならない現実は今でも国会で起こっている。憲法を変えずに法的解釈によって今後も海外派兵は何不自由なく続くであろう。海外で何が起ころうとただの言葉の読み替えとして大臣や役職の首をすげ替えればすむのだから。

一方、数年前に沖縄普天間基地問題、TPP問題等が民の議論の中心となる最中、『彼ら』の統治システムの根幹となる国民背番号制に等しい「マイナンバー制度」がやすやすと国会審議を通っているという事実も民は記憶にとどめておかなくてはならない。

そういう意味では、憲法九条という言霊は民の話題を国内統治からそらし、国際問題に引きずりこむ霊力としてはまだまだあらたかである。 そしてそのご利益はアメリカと『彼ら』にのみ与えられる。

明治維新前後から戦前までは「尊王攘夷」、「神国日本」という言霊的スローガンが民を操るめくらましであった。そして今、「武力放棄」という言霊で平和教信者たちをもののみごとに『彼ら』は操っている。

無謬であると自認する『彼ら』とアメリカが最大限利用している戦後憲法からはもうそろそろ脱却しよう。そして民が主体となって恒久平和という理想を貫ける改正憲法のもと、日本独自の判断で世界情勢に対応する普通の国にもどらなければならない。

戦後もう70年経つのである。書き換えなど対面を保つことしかできなくなり、制度疲労を起こし始めた官僚体制に民が気づき抜本的な改革を行わなければならない。このまま何も行動をおこさないなら官僚の操る「武力放棄」の言霊に呪縛されたモラトリアム国家・日本は『彼ら』の天国のまま国自体は昇天するかもしれない。

多くの民がその事実に気づくべきである。さもないと今後、日本に生まれた不幸を嘆く若者が増え、日本はますます極東の小さな島となりはてる。

「過去と他国は変わらない、自国が歴史を学び変わることで未来が開ける」という言霊でこの論考を終えよう。

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