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院長ブログ

大阪・西成の未来

労働者の町「釜が崎」から高齢者の福祉の町「釜が崎」へ
東京の山谷、横浜の寿町とともに知られた労働者の町「釜ヶ崎」は大阪市西成区にある。

山谷と釜ヶ崎は江戸時代の主要街道沿いにあり、木賃宿や歓楽街から変化した古いドヤ街である。寿町は第二次世界大戦後の混乱の中で形成された新興のドヤ街である。いずれも都市中心部に近いため、近年は著しい変貌を遂げ、山谷、寿町は海外からのバックパッカーが集まる格安ホテル街へかわりつつある。

西成は昨今の不況と「彼ら」の高齢化で労働者の町から福祉の町へと様変わりした。全国でもずば抜けて高い生活保護受給率で福祉アパートが大繁盛している。西成区民の4人に1人が生活保護受給者であるというからその繁盛ぶりはうなずける。

安価な労働力であった「彼ら」が雨露をしのいでいたドヤは福祉アパートとして福祉ビジネスの一翼を担い、かつて労働者であった「彼ら」は生活保護受給者となり、別の意味で再び上澄みをかすめ取られている。 

町は変わるが「彼ら」はどこへ?

そのような街に若者世代とバックパッカーを送り込み街の世代交代をはかる構想が大阪市にはあるらしい。

「ひとりでも安心して暮らせるまち」「こどもの声が聞こえるまち」への変貌をめざして街を変えるという。このスローガンを実現すべき具体策は駅前再開発であったり、通信回線や住空間の整備によるバックパッカーや大学の誘致である。最近の目玉としては星野リゾートの誘致であろう。 西成区では地域住民と「彼ら」は当然反目しており、どちら側に立つかで構想の目的は全く変わる。

あいりん地区やその周辺で普通に見られる「彼ら」を施設に一時保護すれば、見た目はきれいな街になる。しかし、「彼ら」は元来「浮浪する民」である。いずれそこを抜け出し、ヤミ券販売場、あるいは覚せい剤販売、違法すれすれの路上販売などが混在する法に縛られない「彼ら」本来の居場所に戻る本能を持っている。

あいりん地区では「彼ら」の解決なくしてはどこにでもあるインフラ整備の地区再開発構想となってしまう。いま行おうとしている「釜ヶ崎」再開発構想は『西成区バックパッカー&新住民と彼らの総とっかえ構想』である。

「彼ら」の追い出し策が再開発構想の主体である限り、西成の西成たるゆえんであるあいりん地区に居心地のよさや心の安心を求める「彼は」は別の居心地のよさを求めてさまよい出すであろう。

大阪市の「脱・貧困のまちづくり」構想が「貧困のまち」の拡散にならないよう行政がどのような街として西成を位置づけているのか。骨太のボトムアップ政策で「脱・貧困のまちづくり」を考えてくれることを願う。


朕が心にままならぬもの

白河法皇は「賀茂川の水、双六の賽、山法師(延暦寺の僧兵)」これぞ朕が心にままならぬもの」という名言を書きしるしている。「人の心はままならぬもの」であることを行政はもっと慎重に考えなくてはならないだろう。                                                                       

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